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最高裁判所第二小法廷 平成7年(オ)690号 判決 1999年2月26日

上告人

今井憲一郎

右訴訟代理人弁護士

木下常雄

被上告人

武知一男

主文

原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

第一項の部分に関する控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人木下常雄の上告理由について

一  本件は、譲渡担保の目的である土地建物を被担保債権の弁済期後に譲渡担保権者から譲り受けた上告人が、これを占有する譲渡担保権設定者である被上告人に対し、建物の明渡しを求める事案であるところ、原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  被上告人は、昭和三二年一〇月までに、和田経雄から五二万円を同年一一月から昭和四一年六月まで毎月三〇日限り五〇〇〇円ずつ返済するとの約定で借り受け、昭和三二年一〇月二二日、これを担保するため、その所有に係る第一審判決別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を譲渡担保に供し、贈与を原因とする所有権移転登記を経由したが、昭和三八年五月分以降の右借受金債務の返済を怠った。

2  和田は、昭和五四年八月二九日、本件土地及び本件建物を上告人に贈与し、同月三一日その旨の所有権移転登記を経由した。

3  被上告人は、右のとおり、和田が被担保債権の弁済期後に本件土地及び本件建物を処分したことにより、和田に対し、清算金六五九万五一八二円の支払請求権を取得した。

二  被上告人は、本件訴訟において、和田から右清算金の支払を受けるまで本件建物の明渡しを拒絶する旨の抗弁を主張したところ、上告人は、再抗弁として、右清算金支払請求権は被上告人がこれを取得した時から時から一〇年の経過により時効によって消滅したとして、消滅時効を援用した。

原審は、前記事実関係の下において、被上告人は上告人に対し右消滅時効を中断する方法を有しないから、上告人がこれを援用することができるとするのは公平を欠くとして、上告人の消滅時効の再抗弁を排斥し、上告人の被上告人に対する本件建物明渡請求を六五九万五一八二円の支払との引換給付を求める限度で認容した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

譲渡担保権者から被担保債権の弁済期後に譲渡担保権の目的物を譲り受けた第三者は、譲渡担保権設定者が譲渡担保権者に対して有する清算金支払請求権につき、消滅時効を援用することができるものと解するのが相当である。けだし、民法一四五条所定の当事者として消滅時効を援用し得る者は、権利の消滅により直接利益を受ける者に限定されるところ(最高裁昭和三九年(オ)第五二三号、第五二四号同四二年一〇月二七日第二小法廷判決・民集二一巻八号二一一〇頁、最高裁昭和四五年(オ)第七一九号同四八年一二月一四日第二小法廷判決・民集二七巻一一号一五八六頁参照)、右第三者は、所有権に基づき、目的物を占有する譲渡担保権設定者に対してその引渡しを求めても、譲渡担保権設定者が譲渡担保権者に対する清算金支払請求権を被担保債権とする留置権を主張したときには、無条件でその引渡しを受けることができず、また、留置権に基づく競売がされたときにはこれにより目的物の所有権を失うことがあるという制約を受けているが、清算金支払請求権が消滅することにより目的物の所有権についての右制約を免れることができる地位にあり、清算金支払請求権の消滅によって直接利益を受ける者に当たるということができるからである。譲渡担保権設定者は、右第三者に対する行為により清算金支払請求権の消滅時効を中断する方法を有しないが、債務者である譲渡担保権者に対してその消滅時効を中断する措置を講ずれば、被担保債権の存続する限り目的物を留置し得るという留置権の性質上、右第三者に対してもその効力が及ぶことになるから、右のように解しても譲渡担保権設定者に不当に不利益を及ぼすものではない。

これを本件についてみると、前示の事実関係によれば、上告人は、和田から被担保債権の弁済期後に譲渡担保権の目的物である本件土地及び本件建物の贈与を受けた第三者であるから、清算金支払請求権の消滅時効を援用することができる者に当たり、また、上告人が消滅時効を援用した時点で被上告人が清算金支払請求権を取得した時から既に一〇年が経過していることは明らかであるから、被上告人が譲渡担保権者である和田に対し、右清算金支払請求権の消滅時効を中断する措置を講じた旨の主張立証のない本件においては、被上告人の右清算金との引換給付の抗弁は失当であり、被上告人に対し本件建物の明渡しを求める上告人の本件請求は無条件で認容すべきものである。したがって、右と異なり、上告人は右請求権の消滅時効を援用することができないとして、被上告人に対し清算金の支払を受けるのと引換えに本件建物の明渡しを命じた原判決には、民法一四五条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は、これと同旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、右と結論を同じくする第一審判決は正当であり、被上告人の控訴は棄却すべきものである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官福田博 裁判官北川弘治 裁判官亀山継夫)

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